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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)570号 判決 1977年10月28日

控訴人

株式会社ダイレー

右代表者

寺川恵造

右訴訟代理人

静永世策

被控訴人

日本ムード株式会社

右代表者

谷澤栄一

右訴訟代理人

木村保男

外五名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人の控訴人に対する大阪法務局所属公証人椎村透作成の昭和四九年第三二二〇号建物賃貸借契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

四  本件につき昭和五〇年六月六日大阪地方裁判所がした強制執行停止決定はこれを認可する。

五  前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は次のとおり附加訂正するほか原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(事実上の主張)

1 原判決三枚目表一二行目の「しても、」の次に「本件賃貸借は昭和五一年二月一五日被控訴人の解約申入により終了したため」を挿入する。

2 同四枚目表四行目、五行目、及び七行目の「解除」をいずれも「解約」と、訂正する。

(証拠関係)<略>

理由

一控訴人と被控訴人間に控訴人主張のとおり記載された公正証書(以下本件公正証書という)が存在すること、及び被控訴人の専務取締役である訴外延澤義郎が被控訴人代表者谷澤栄一本人と称して本件公正証書作成の嘱託をしたことは当事者間に争いがない。<証拠>によると、右延澤は被控訴人代表者谷澤栄一から控訴人と被控訴人間の控訴人主張の建物賃貸借契約(以下本件賃貸借という)について公正証書作成嘱託の代理権を授与され、昭和四九年一一月一二日、堺市新町五番二号大阪法務局所属公証人椎村透役場において、被控訴人代表者谷澤栄一の代理人であることを秘し自ら右谷澤栄一であると称して本件公正証書の作成を嘱託し、控訴人の代理人として本件公正証書の作成を嘱託した訴外寺川徳治郎も公証人椎村透もその旨誤信したため、右公証人椎村透によつて本件公正証書の作成されたことが認められ、<る。>

二右事実に基づいて本件公正証書の効力について検討する。

公正証書が公正の効力を有するためには法律の定める要件を具備することを要する(公証人法二条)ところ、代理人の嘱託による公正証書作成の場合には公証人法三二条、同三九条、同法施行規則一三条の二に詳細に規定されている手続を履践し、かつ当該公正証書に嘱託者である代理人が自署することを要するのであつて、代理人が本人と称して公正証書の作成を嘱託することは右規定の適用を僣脱するものというべきであるから、その嘱託は違法であり、これに基づいて作成された公正証書は公正の効力を有せず、いわゆる署名代理を認める余地はないと解する(最高裁昭和五〇年(オ)第九一八号同五一年一〇月一二日第三小法廷判決・民集三〇巻九号八八九頁)。もつとも、いわゆる署名代理が債権者の側にあるときには、執行受諾の意思表示自体は債権者側でなすものではないから、その嘱託は違法であつても、公正証書の公正の効力に影響はないと解する見解もありえようが、当裁判所はこれを採用しない。けだし公正証書の公正の効力は独り執行受諾の意思表示に関するのみに限られるものではないし、また代理人の嘱託による公正証書の作成について手続上の諸規定が法律によつて規定されているのは、公正証書の公正の効力の重要性にかんがみ、公正証書が正当な権限を有するものによつて嘱託されその記載が真実に合致することを担保するための適正な手続の履践を制度上定めているものであつて、いはば公益上の要求によるものであるから、債権者側ないし債務者側が公正証書作成の際なした意思表示の私法上、実体上の効力とは区別して考えるべきであつて、手続上の違反が債権者側にあるか債務者側にあるかによつて公正証書の公正の効力に相違をきたすのは相当でないからである。

そうすると本件公正証書はその作成の嘱託に違法があり公正の効力を有しないもの、すなわち、執行力を有しないものといわねばならない。

三以上の次第で本件公正証書の執行力の排除を求める控訴人の本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきところ、これと異なる原判決は正当ではなく、本件控訴は理由があるので、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、本件公正証書に基づく強制執行はこれを許さないこととし、民訴法九六条、八九条、五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(白井美則 光廣龍夫 友納治夫)

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